2022.03.24
久保田千代美さん(Chiyomi Kubota Care 研究所 看護師)
取材・構成 今村 美都(医療福祉ライター)
「暮らしの保健室なら」「アドラー心理学を学ぶ寧楽の会」「ELC奈良学習会」(*1)と、代表を務める自主グループは数知れず。「一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会」の理事であり、認定講師・ファシリテーター、ほかにもELNECーJコアカリキュラム指導者、POOマスター(*2)、もしバナマイスター(*3)と、指導者的立場で活躍する久保田千代美さん。「好きなことをどんどん学んで、やりたいことをやれる場がほしい! 」と、ついには自身でChiyomi Kubota Care研究所を立ち上げてしまいます。看護の、地域の、枠を超えて活躍する久保田さんを取材しました。
「これだ!」と目からウロコの緩和ケアとの出会い
物心ついた頃には看護師になりたいという夢を抱いていた、という久保田さん。小学生の頃から、ナイチンゲールはもちろん、解剖、生と死に関する本などばかり読んでいたと言います。一番早く看護師になれる方法は、と県立高校の衛生看護科から専攻科を出て、1980年代前半に晴れて看護師に。大きな総合病院のがん患者の多い病棟に勤務することになりました。
看護師として日々精一杯できることをやって過ごしてはいるものの、告知もなく、痛みの形相で苦しみながら亡くなっていく患者さんの姿を目の当たりにして、悶々とした思いが募っていきました。看護師となって5年目のころ、緩和ケアの大切さを謳う放射線治療医と出会います。ホスピスやターミナルケアという言葉は少しずつ知られるようになっていたものの、まだ緩和ケアという言葉は馴染みのないものでした。科学的エビデンスにのっとり、がんの痛みをモルヒネでコントロールする医師に対して「こんなに大量のモルヒネを投与するのか…」と驚く医療者がいるような時代でした。
痛みが緩和されると「家に帰りたいなぁ」「子どもに、こんなことをしてあげたい」といった、患者の心の声がポロポロと溢れてきます。すると、たとえ告知はされていなくとも、その人の望みを叶えるサポートができるようになってきました。しかし、患者から家に帰りたいという訴えがあっても、かかりつけ医はけんもほろろで、請け合ってはくれません。
在宅療養の仕組みができつつある頃に、久保田さんは病院から患者宅へ出向くことで、家に帰りたいという望みを叶えようと努力しました。
学ぶことが大好きだから、Chiyomi Kubota Care研究所の設立へ
第一子を出産後、一度病院から離れることにした久保田さんですが、その間も、いつか在宅や訪問看護をやろうと考えていました。二番目の子が15歳になったとき、晴れて訪問看護師になりました。がんの看取りの多い在宅ホスピスの現場で働くなかで、訪問看護の仕事は楽しく、やりがいも感じていました。
しかし、50代になって、久保田さんは何かが違うと感じ始めました。訪問看護をメインで行うのは若い世代がよいのではと考え、訪問看護師の育成に関わろうと、看護学校の教員のキャリアをスタートします。そして、教えることを体系的に学びたいと、大学の教育学部に入学し、哲学や発達心理学をはじめ、幅広く学びました。大学院に進学し、学術的な研究方法や論文の書き方も学びました。大学院で研究の面白さに気づき、研究を続けたい気持ちは強まっていきます。しかし、看護学校の専任教員は休みが取りづらく、遠方で開催される学会に参加することもできません。
既に、地域の看護師の緩和ケアの力を上げるために、日本緩和医療学会が推奨するELNECーJコアカリキュラム看護師教育プログラムの指導者になり、地域の訪問看護ステーションや医療介護関連施設の看護師への勉強会などにも取り組んでいました。休日には、エンドオブライフ・ケア協会のファシリテーターを務めたり、関西での在宅医療推進のための市民活動に協力し、研修会や講演の依頼もくるようになっていました。
そこで、1年ほどの準備期間を経て独立。学生だけでなく、現役の看護師たちにも、訪問看護や緩和ケアなどの大切さを伝えたいという思いもあり、2019年にChiyomi Kubota Care研究所を立ち上げました。
*1:ELC奈良学習会 エンドオブライフ・ケア協会援助者養成基礎講座の学びを生かした事例検討やロールプレイを通して、人生の最終段階、もしくは苦しみにある人への援助を考え言葉にして実践に活かす学習会。
*2:POOマスター 排泄ケアのプロフェッショナルであることを認定するもの。
「POOマスター養成研修会」を受講し、認定試験に合格することで得られます。
*3:もしバナマイスター もしものときの縁起でもない話をするもしバナマイスタープログラムの修了者。
地域とつながる、地域をつなげる
久保田さんの活動の一つであるエンドオブライフ・ケア協会の援助者養成基礎講座は、代表理事の小澤竹俊先生が土日に開催していたものでした。コロナ禍でオンラインに移行し、さらに土日に参加しづらい人のために平日の夜開催を提案し、久保田さんが担当しています。通称「夜学」と呼ばれて親しまれています。
訪問看護の現場も大切にしています。
コロナ禍で、教育顧問をしている奄美大島の訪問看護に行けなくなっていたところ、近所の緩和ケアに熱心な訪問看護ステーションの所長から「緩和ケアや排泄ケアのことをやってほしい。一緒に研究もできるよ」とのお誘いを受けて、週2回午前中は訪問看護を行なっています。また、ホームホスピスの活動を応援するために、奈良県唯一のホームホスピスのスタッフとして、週1で夜勤に入っています。
それとは別に、週1で医療ケア児の学校看護師も行っていますが、彼女との出会いは「暮らしの保健室」でした。大学院で全国にある「暮らしの保健室」を調査研究し、主要な「暮らしの保健室」を訪れて論文にしました。研究所を開設後、自宅をリフォームして「暮らしの保健室なら」を開設しましたが、場所にこだわるのではなく、困りごとを抱えた人に出会ったとき、相談されたときから、暮らしの保健室が始まります。相談の内容によっては、多職種のオンラインカフェに相談者を招待して一緒に考えたり、在宅医療につないだりしています。
「病院の中には相談室がありますが、病院の中でできない相談もあると思っています。病院の外の相談の場所として、友だち感覚で、友だちや友だちの友だちが相談してくれる。どこにも報酬がつかないボランティアですが、考えるということは自分たちの勉強になっています」と、暮らしの保健室の役割を語ります。そのような地道な活動が地域で認められ、2020年に奈良県知事から、第6回奈良のお薬師さん大賞で表彰されました。
医療的ケア児の学校サポートは、週4日来ていた看護師が辞めることになり、誰か代わりがいないかと、暮らしの保健室に寄せられたものでした。なかなか代わりは見つからず、「1日でも2日でも交代でいいから」という依頼に、ほんの少しの期間ならと、週3日サポートすることになりました。「でもなかなか見つからなくて。週3はさすがにしんどかったですね。やっと週1回になったんですが、今度は可愛いから離れられなくなっちゃって」と笑顔で語る久保田さん。地域の学校に通う医療的ケア児の現状は厳しく、なんとか力になれないかと、担当している医療的ケア児と一緒にオンラインで一緒にエンドオブライフ・ケア協会のイベントに参加するなど、 医療的ケア児の通学の現状と課題を広く知ってもらうきっかけをつくろうとしています。
また、エンドオブライフ・ケア協会のOKプロジェクト「折れない(O)心(K)を育てるいのちの授業」の講師育成のためのトレーニングを担っています。自らも講師として、小中学校にボランティアで授業をしています。
すべての学びはそれぞれ違う、一方で、根本でつながっている
久保田さんの活動の大事な柱の一つに、アドラー心理学があります。アドラー心理学に深く共感した久保田さんは、アドラー心理学に基づく子育てを学び、実践したいという仲間とともに「アドラー心理学を学ぶ寧楽の会」という自助グループをつくり、15年以上、毎月、公民館(今はオンライン)で学びを深めています。寧楽の会にとどまらず、エンドオブライフ・ケア協会の活動をはじめとして、訪問看護の現場、講演やワークショップ、学習会、大学や看護学校の講師など、あらゆる場面で、アドラーの学びが活かされています。
「それぞれ別に考えて、ごちゃまぜにはせず、それぞれを学ぶようにと考えていますが、エンドオブライフ・ケアの仲間たちがアドラーに興味を持ってワークショップを受けてくれたり、アドラー心理学を実践している人たちがエンドオブライフ・ケアに興味を持ってくれたり。根本には同じものがあるのかなと思います」
研究所という自らの拠点から、あらゆる学びを自分の糧とするだけでなく、深く広く、周囲へと波及させていくパワフルな久保田さん。「勉強が好きなんですよね、昔から。勉強をしながら、好きなことやりながら。忙しいですけど、どれもやりたいことだから」
一体いつ休んでいるの?というくらい、何足もの草鞋を履いて活躍する久保田さん。今年は日本ホスピス・在宅ケア研究会全国大会in奈良の大会長の大役も担っています。古都の魅力あふれる奈良に、ホスピスや在宅ケアについて学びつつ、久保田さんに会いに行く旅はいかがですか?
日本ホスピス・在宅ケア研究会全国大会in奈良は(こちらから)
(掲載:機関誌N∞[アンフィニ]2022 MAR-MAY)
著者プロフィール
医療福祉ライター
1978年 福岡県生まれ
津田塾大学国際関係学科卒。
早稲田大学文学研究科(演劇映像専攻)修士課程修了。
大学在学中、伊3ヶ月・英6ヶ月を中心にヨーロッパ遊学。
『ライフパレット』編集長を経て、医療福祉ライター。
https://www.medicaproject.com/
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