レポート
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隠されたメッセージがあるようで、ない

2021.07.28

畑中勇二 はたなか・ゆうじ(鹿児島県看護連盟青年部)

生活と政治をコネクトする自分事

近くにあって常にそばにあるけど、あまり意識していないものが「政治」です。大概の人は、政治に興味がないわけじゃない、ニュースの政治ネタにも興味はあるし、国会中継をやっていれば見ます。けれど「自分の生活」と「政治」がなかなか結びついていません。やはり自分事になっていることが大事なのです。

おもしろいは、自分事になる

権力・秩序・人権・思想・分配・支配・政策・自治など、政治と結びつきそうなワードは、ちょっと難しそうと敬遠しがちです。もっと学生時代に勉強していたらよかったとか、真面目に授業を受けていなかっただけとか、学生時代を思い出したり‥。
最近の話題では、SDGs、ジェンダーフリー、ダイバーシティー、年金問題、脱炭素、夫婦別姓、同性婚などなど、政治を身近なものに感じること少なくありません。そうはいっても、情報番組から流れてくる知識でわかったような気になっている人がほとんどではないでしょうか。それでは「面白い」までに繋がりません。それぞれの話題を突き詰めて、ファクトフルネスにたどり着くと、非常に楽しいし、おもしろいものです。例えば公的年金が破綻するなんてことは論理的にあり得ないとか、誰も不幸せにならないと思われる同性婚の問題がなぜこんなにもこじれるのか。投資をする人も増えていますが資本主義ってなんだろうとか。OECDのデータを見ると、日本はすでに先進国とは言えないなど、興味深いネタのオンパレードです。しかし、政治的圧力やポジショントークのテレビをみているだけでは何も学べません。ではどうするか。「本を開いてみる」これに尽きるのです。

体験は、自分事になる

選挙に行くという体験は、政治に関心をもつ一つの機会です。しかし、国政選挙の投票率は50%程度です。かといって「投票に行かない≠政治に関心がない」ではないと思います。看護連盟では、看護職になんとか選挙に行ってもらおうと努力しています。なぜなら、看護職全員が選挙に行って看護職の候補に投票すれば楽勝ですから。とはいえ、政治に興味を持つのは、意外とハードルが高いようです(かく言う私もその中の一人です)。
私は、看護連盟の活動を通して、国会議員や地方議員と直接話をする機会があります。貴重な体験と思っています。そこで自分の意見を言ったときに、議員から「うん、それは考える必要があるね」とか「確かにそうだね」という反応が返ってきたら「ちゃんと意見を聞いてもらえた」とか「自分も政治に関わることができるのでは」という感覚を抱くのではないでしょうか。
以前、石田まさひろ参議院議員に、私は、病棟の入浴介助のことから始まって、日勤帯にケアを詰め込むことで仕事の密度が高くなることについて話を聞いてもらったことがあります。ただでさえ仕事の密度が高い看護職は、余裕がなくなり、より疲れてしまう。ケアの時間帯を拡げて、仕事の密度を下げる取り組みは、きっとおもしろいのではないか。さらに、日勤と夜勤の人員を完全に分けることで、日勤も夜勤の交互繰り返しで生活のリズムを崩しやすい状況を解消し、それぞれの勤務帯のエキスパートを作ることが可能だろうし、付加価値や体験価値を高めるプランの追加を考える余白が拡がってくるのではないか、など話は尽きませんでした。
政策に直結する話ではないかもしれませんが、このリアルな会話が、私にとって最も「政治を近く」感じる体験となっています。さらに、政治の話だけでなく、趣味や政治家になった経緯の話を聞いたりすると、堅苦しかったイメージから「政治家も同じ人」なんだと親近感が湧いてきます。そうすると、議員のTwitterフォローやFacebookの友だちリクエストをポチッとして、さらに身近に感じられます。

石田まさひろ参議院議員と畑中

共有された意思

「あなたの一票が日本の未来を変えていく」。どこかで聞いたキャッチフレーズですね。しかし、衆議院議員一人が当選するのに必要な票数は、およそ8〜9万票です。つまり、あなたの「一票」はその8万分の1に過ぎません。だから投票なんて意味がない、ということではありません。そうではなくて「自分が応援する候補に投票をするように大勢の人たちに訴えかける行動が伴わなければ、自分の意思さえ伝わらない」ということです。共有された我々の意思は、我々が投票した議員を通して大きな影響を与えることができるのです。我々にとって、そのためのコミュニティが看護連盟となります。

コミュニティは正しさよりも楽しさ

私が看護連盟青年部に参加する理由は「おもしろいから」。何がおもしろいのか。それは、参加する人たちの話だったり、思想や信条だったり…。今の自分では思いつかないことや考え方などに触れたとき、目の奥に熱がたまって、共鳴した喉が悔しさと嬉しさが入り交じったように鳴る。そんな瞬間がたまらない。クラブ活動みたいなノリも心地いい。上も下もない。もちろん社内政治力学もない。あるのは、リスペクトと感謝。例えるなら、キャンプでカレーを作るみたいな感じ。誰か薪拾ってきて、火起こしは得意だから任せて。あれ、ご飯硬すぎ、ジャガイモまだ煮えてないよとか言いながら、でも「うまい」なんて笑いながら。意思決定は、自然とできるし、誰からの命令もない。そして課題解決も同じように取り組み、それがまた心地いい。

仲間たちと

身近な仲間と自分事に

政治をもっと身近にしたいなら、テレビを消し、本を読み、コミュニティに参加し、人と出会い、関係を築き、相手への感謝とリスペクトを忘れず、嫌われるかもしれない秘密の部分をオープンにできるぐらいの友だちを作ること。そして、なんでもいいから、やってみる。
私が出会った素敵な人たちの多くは、見切り発車で誰よりも早くはじめることで、物事をおもしろく、自分事にしています。例えば、子どもから高齢者までがいつでも立ち寄れて、お茶や珈琲が飲めるスペースを作ったり、がんの無料相談を全国から受けたり、「家で最期まで」を実現できる町づくりのために公民館を行脚したり、在宅ケアのエビデンスを得るために研究に取り組んだり、初期の看護計画をディープラーニングで自動化しようとしたり、地域の医療・介護職のITリテラシー向上のための活動をしたりしています。その人たちは、考えついた新しいアイデアを、仲間に話しつつ、熱が冷めないうちに行動しています。完璧な計画を練るよりも、素早い行動を起こすことで成果を得ているように見えます。変化の中心に自分を置き、上手くいかないことも笑い飛ばして、上手くいくまでやってみる。そんな自分を楽しんでいる。やったもん勝ちって感じです。自分事、これすなわち…。

日本看護連盟のコミュニティサイト アンフィニ
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