2020.09.25
友納理緒(弁護士)
近年、出産の高齢化、技術の進歩などにより、出生前診断がより身近なものになっています。そこで今回は、 出生前診断の誤報告があった事例(函館地裁平成26年6月5日(判時2227号104頁))をご紹介します。
妊婦Aさん(当時41歳)が、あるクリニックでエコー検査を受けたところ、胎児の首の後ろに膨らみがあり、高齢出産となることも考慮して、羊水検査を受けました(妊娠17週)。
その後、クリニックの医師は、羊水検査報告書の内容を見誤り、「ダウン症に関しては陰性である」と説明しました(妊娠20週)。4か月後、Aさんは、羊水が枯渇し
胎児が弱っているとの理由で他病院に救急搬送され、同日、緊急帝王切開によりBを出産しました。
出産後、搬送先の医師がクリニックのカルテ情報を参照したところ、Bがダウン症であることを示す羊水検査の結果(分析所見に「染色体異常が認められました」との記載。
21番染色体が3本存在する分析図も添付。)がみつかり、それがAに伝えられました。Bは、ダウン症の新生児期にみられる一過性骨髄異常増殖症(TAM)の
合併症により死亡しました。
そこで、A夫婦は、羊水検査の誤報告があったために中絶の機会を奪われてダウン症児を出産し、Bは出生後短期間のうちにダウン症に伴う様々な疾患を原因として死亡するに
至ったと損害賠償を請求しました。
羊水検査の誤報告とダウン症児出生(①)・ 死亡(②)との間の因果関係
A夫婦の損害(慰謝料)の額(③)
『主な争点①②は否定。A夫婦の慰謝料(③)は各500万円』
【争点①②】
正しい羊水検査の結果が伝えられていたとしても、必ずしも人工妊娠中絶が選択されていたかはわからないこと等を理由に、
羊水検査とダウン症児出生・死亡との間の因果関係を否定。
【争点③】
A夫婦は、先天性異常の有無を調べることを主目的に羊水検査を受けたのであり、その結果は、今後の家族設計をする上で最大の関心事である。また、検査結果の正確な告知
があれば、A夫婦は中絶を選択するか、中絶しない場合には心の準備やその養育環境の準備などもできたはずであるが、誤報告によりこのような機会を奪われた。
A夫婦は、医師の診断により一度は胎児に先天性異常がないものと信じていたところ、出生直後に初めてBがダウン症児であることを知り、その現状を受け入れることが
できない状態の中で、Bが重篤な症状に苦しみ短期間のうちに死亡する姿を目の当たりにしたのであり、A夫婦が受けた精神的衝撃は非常に大きなものであったと考えられる。
→A夫婦の選択や準備の機会を奪われたことなどによる慰謝料 各々500万円
本判決は、現行の母体保護法が、胎児の障害を理由とする中絶を認めていないことを前提としつつも、両親の自己決定の利益が侵害されたことを非常に重くみています。 本件でA夫婦が受けた精神的苦痛は非常に大きく、日々進歩する医療現場にいる私たちは、この事故を、その責任の重さを見直す機会とする必要があるように感じます。
著者プロフィール
弁護士・土肥法律事務所・第二東京弁護士会所属
2003年 東京医科歯科大学医学部保健衛生学科卒業 (看護師、保健師免許取得)
2005年 東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士前期課程修了
2008年 早稲田大学大学院法務研究科修了
2011年 弁護士登録
2012年 都内法律事務所 (新宿区) に勤務
2014年 衆議院議員政策担当秘書として出向(~2016年12月)
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