2023.02.23
人生の最終章の医療を追い続けてきた溝渕雅幸監督。『いのちがいちばん輝く日』(2013)、『四万十 いのちの仕舞い』(2018)、『結びの島』(2020)に続く4作目は「日本人の心のふるさと」とも称される奈良県明日香村にある明日香村国民健康保険診療所が舞台です。2023年2月、全国公開直前に『明日香に生きる』が生まれるきっかけとなった診療所の医師・武田以知郎先生と溝渕監督にインタビューしました。
取材・構成 今村 美都(医療福祉ライター)
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明日香村での「当たり前」が、全国どこでも「当たり前」の医療に
武田以知郎医師
自治医科大学卒業後、県立奈良病院を経て、数々の診療所等でへき地医療、地域医療、在宅医療に尽力。2010年から明日香村国民健康保険診療所所長。
「本当にあのまんま。僕たちにとってありのままの日常の風景すぎて、何に感動してもらえるんだろうと正直怖いところなんです」と、語るのは『明日香に生きる』のキーパーソンである武田先生。映画に映し出されるのは、武田先生を軸に、明日香村国民健康保険診療所で研修中の研修医や訪問看護師、訪問診療を受ける在宅の患者さん・ご家族、診療所にやってくる患者さん、 乳児期の予防接種を受けにくる親子といった登場人物たちを取り巻くリアルな日々の診療の様子です。
そんな武田先生にとって当たり前の風景は、当たり前になっている地域がある一方で「こんなお医者さんがいたらいいのに」「こんな在宅チームが地域にあったらいいのに」と、日本の多くの地域で求められているものであることも現実でしょう。また、それが一人のスーパーヒーロー医師によって成立しているケースも少なくありません。
©ディンギーズ
©ディンギーズ
明日香村では、武田先生が中心となって患者さん・家族ら地域の人々の信頼を得ていることが伝わってくる一方で、訪問看護師や研修医らがチームとなり、武田先生がいなくても地域の人々が安心できる医療体制が構築されていることが映画からも垣間見えます。
「一人のヒーローが活躍する“ウルトラマンモデル”ではなく、仲間と助け合う“アンパンマンモデル”を目指しています」という武田先生ですが、昨日今日でできたことではなく、武田先生が明日香の地で長い年月をかけて、地域を耕してこられたからこその“現在”の明日香村があります。
「地域“で”医療をする、と地域“の”医療をする。“で”と“の”の間には大きな違いがありますよね」と武田先生。地域“の”医療のありのままからは、病院の外での患者さんのいつもの暮らしに想いを馳せることをはじめ、在宅医療、地域医療におけるたくさんの大切なことが描き出されています。
「よい死」がつなぐ命のバトン
溝渕雅幸監督
1962年福岡生まれ、大阪、奈良で育つ。大阪で新聞記者の後、映像制作の現場でディレクターとして教育映画からドキュメンタリーまで幅広く手がける。『いのちがいちばん輝く日〜あるホスピス病棟の40日〜』で劇場用映画監督デビュー。
「人はいつか終焉を迎えますよね。でも死について考える機会はとても少ない。だけれど、これまでの4作品の現場でも感じてきたことですが、やはり死についてちゃんと考えないと、よく生きるということにはつながらないという思いがあります。だから何か伝えたいといとか大げさなことではなくて、現場側からちょっと見てみようということはずっとあります。また、人の死は当たり前の話ですが、個別性の塊ですよね。同じ死は絶対にない。生物としての生命が終焉を迎えるのは間違いない事実だけれど、それぞれの人がなくなる過程や家族を始めそこに携わる人の思い、生きた証はバトンみたいに明日に受け継がれていく。命のバトンが受け継がれていく瞬間は、非常に美しいし、本当にさまざま。それを「よい死」ととらえて、追いかけています」と、語る溝渕監督。
©ディンギーズ
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在宅医療に携わる医療者や、まさに経験のある方々なら、頷いていただけるのではないでしょうか。在宅の現場は日々ドラマに満ちていて、大切な人のいのちが消えて行く最中には、数々の小さな奇跡に出会うことがあります。淡々と映し出される明日香村診療所で行われている日々の医療の風景は、ドキュメンタリー映画とはいえど、ドラマティックな演出を削ぎ落とすからこそ、そのドラマの一つひとつが丁寧に映し出されます。シーンとシーンの合間をつなぐ明日香村の美しい自然風景もそれに添えられた万葉歌も、観る人に「よい死とは何か」を問いかけますが、その答えは、感じ方は、それぞれに委ねられているといってよいでしょう。
映画の中でも、実際の現場でも重要な役割を果たしているのが看護師です。
「看護師は、決してお医者さんのアシスタントではありません。看護師は患者さんの状況や生活をみますからね。看護師だからこそみられる世界がある。武田先生もそうですが、そのことをよくわかっている医師は、看護師の話をよく聞きます。看護師はそれだけ大切な存在であるということです」(溝渕監督)
もちろん、一般の方が「よい死」、ひいては生きることについて考える上でも観てほしい在宅医療、地域医療の大切なエッセンスがぎゅっと詰まった『明日香に生きる』ですが、看護師のみなさんを始め、医療者の方々にこそぜひ観てほしい作品です。
『明日香に生きる』は、(奈良)TOHOシネマズ橿原にて、2023年2月24日(金)~
以降、順次全国公開です。
詳しくは公式HP(明日香に生きる)より
著者プロフィール
医療福祉ライター
1978年 福岡県生まれ
津田塾大学国際関係学科卒。
早稲田大学文学研究科(演劇映像専攻)修士課程修了。
大学在学中、伊3ヶ月・英6ヶ月を中心にヨーロッパ遊学。
『ライフパレット』編集長を経て、医療福祉ライター。
https://www.medicaproject.com/
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