2020.05.11
〝恋する豚研究所〟という変わった名前の食堂が、千葉県は香取市の里山にあります。 ランチタイムだけの営業。美味しい豚肉とおいしいご飯に惹かれて、お客さんがたくさんやってきます。 食堂の売店では、恋する豚研究所のハム、ソーセージ、ベーコンなどを売っています。 これらの豚肉の加工は障がい者の人たちが行い、レストランでも障がい者が働いています。 ほとんどのお客さんは、そのことを知りません。
成田空港からバスで25分程度、あるいは高速道路の最寄りのインターチェンジから車で20分ほど。 林のなかに、恋する豚研究所はあります。食堂は2階にあります。
「営業時間は11時から14時半まで。この交通の便の悪いところに年間約9万人のお客さんがいらっしゃいます。 東京都内から自転車でやって来た方もいました」
食堂では、この周辺で育てられた美味しい農産物と豚肉が提供されます。 美味しい食材を育てる人・環境を感じられる場所でもあります。
「でも、お客さんのほとんどは、ここが障がい者施設だということを知らないで豚肉の美味しさで、お出になっています。 そういうことがノーマライゼーションだという思いがあって福祉を売りにもしないし、言い訳にもしないという考え方でやっています」
建物の1階は豚肉の加工場で、精肉にしたり、ハム、ソーセージ、ベーコンを作っています。 ここは、障害者の人たち=利用者が働く「障がい者総合支援法の就労継続支援A型施設(利用者と雇用契約を結ぶ施設)」 の栗源協働支援センターで、社会福祉法人福祉楽団が運営しています。利用者はレストランでも仕事をしています。
運営主体の福祉楽団は、千葉県と埼玉県で特別養護老人ホームや障害者支援事業、 子どものデイサービス、訪問介護などさまざまな事業を運営しています。
「福祉楽団が特養施設を起ち上げたのは2003年。もともと福祉を変えていきたいという思いがありました。 障害者支援事業に取り組むきっかけとなったのは、小倉昌男さんの『福祉を変える経営 障害者の月給一万円からの脱却』という本との出合いでした。 たまたま聞いていたラジオに小倉さんが出ていて、障害者の工賃(給料)が月1万円はおかしいと言っている。
そもそも福祉経営というものは存在していなくて〝経営は経営だ〟と。 そこで、月給10万円を払える仕組みとしてパン屋を立ち上げるんだ、と言っていました。 小倉さんの考えに、とても納得したんですね。小倉さんの本が出た後、多くの福祉施設でパンやクッキーが作られようになりましたが…。 うちの場合はパン屋をやるつもりはありませんでした。
前の理事長が養豚をやっていましたので養豚から肉を加工して、販売するほうが、 自分たちの強みが活かせるんじゃないかと思ったんです。食肉の加工・販売をやっていけば、給料が払える仕組みがつくれるじゃないかと始めたわけです」
こうして、2012年に「恋する豚研究所」が開設されます。
「雇用契約を結び、給与の支払を約束していますから、その分はきちんと仕事をしてもらいます」
雇用ありきで運営されている事業所も少なくありませんが、ここでは相応の給料を払える仕事を用意する取り組みを行っています。
美味しい豚肉は、アリタホックサイエンス(在田農場)の養豚場から供給されます。
「この養豚場は、餌づくりから行っています。パン工場やコンビニのメーカー、 お菓子屋さんなどではパンのミミをはじめ食品廃棄物が大量に出るんですが、これらの原料は小麦です。 小麦は、生よりも焼いたほうがデンプンがアルファ化されているので消化吸収がいいし、美味しい。 これらを粉砕して、栄養評価をして、バランスのよい状態にして、そこに乳酸菌、麹菌、枯草菌を加えて発酵させます。 この発酵させた餌を豚に与えています。この飼料をつくる機械も備えています。 うちの豚が美味しいと自信をもって言えるのは、こういう餌づくりから行って豚を育てているからです。 脂身は不飽和脂肪酸が多く、旨味の成分も多い。脂身がほんのり甘く、臭みが少ないのが、うちの豚肉の特徴です。 養豚の規模は、母豚が480頭で、約6000頭を飼育し、年間12000頭ほどを出荷しています」
〝恋する豚〟とは、豚が恋をするほど、健康的な環境で育っているということだそうです。
「恋する豚の売り上げは年3~4億円ですが、まだまだ厳しい状況です。事業を安定させ、 雇用を守っていくには、今の3倍くらいの売り上げがほしい。養豚場の豚のうち〝恋する豚〟で扱っているのは20%程度なので、まだまだ拡大は可能と考えています」
恋する豚研究所と同じ敷地内には、栗源第一薪炭供給所が2018年3月オープンする予定です。
荒れた森林を整備し(間伐材の利用)、休耕地を活用してサツマイモを栽培しスイートポテトを製造販売する拠点となり、 障害者や高齢者の就労支援の場になる日本版のケアファームを目指しているそうです。 荒れた里山の再生にもつながる事業です。福祉楽団はその地域に密着したさまざまな取り組みを行っています。
「福祉楽団は〝ケアを考え、暮らしをよくし、福祉を変える〟という理念を掲げ様々な取り組みを行っています。 基本的には、ケアというのはその場で生産され、その場で消費されるという特性を持ち、定量的な評価が難しいところがあります。 例えば、外形的にケアの行為を見て、その行為がいいか悪いか判断するのが難しい。
ケアは思考過程にその本質があるので〝なぜ、そういうケアを行うのか〟が大事であり、またそのことを常に考えていくことを大事にしています。 暮らしをよくしていくというのは今よりも、1分後、10分後、そして明日をよくしていくということです。
生活を中心に考えていきたいので、施設であろうが、在宅であろうが、暮らしをよくしていきたい、という思いで取り組んでいます。 そういう現場の実践をきちんと発信していくことによって、福祉の制度や概念を変えていきたいと思っています」
(広報:千葉明彦 写真:©︎KOISURUTA-LABORATORY )
(掲載:機関誌N∞[アンフィニ]2018年新春号)
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