レポート
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誰もが大切なものを大切にできる幸ハウス富士

2021.04.21

家でも病院でもない、がん患者さんにとっての第3の居場所

幸ハウス富士共同代表 植竹真理さん(看護師)
取材・構成 今村 美都(医療福祉ライター)

富士山の麓町、四季折々の雄大な富士山に出会える静岡県富士市を拠点とする幸ハウス富士には、 がん患者さんを始め、家族・友人など患者さんを囲む身近な人たちが訪れます。不安や苦悩を抱えてやってきたはずの人が、 笑顔やすっきりとした表情になって「またね」と帰っていく、ちょっと不思議な場所です。幸ハウス富士では、 医療やケアを提供するわけではありません。カウンセリングもアドバイスもしません。でも、不安に押し潰されそうだった 訪問者の心がふっと軽くなる。幸ハウス富士っていったいどんなところーー?一言で言えば、幸ハウス富士へやってきた人たちが、 ”自分らしい生き方”を”自分で選択”するサポートを行う場です。ですが、とてもひと言で表せる場ではないのが幸ハウス富士。 看護師であり、幸ハウス富士の共同代表である植竹真理さんに幸ハウス富士との出会いとその魅力を語っていただきました。

偶然の出会いを運命に変えるのは、自分次第

NOP法人幸ハウスの設立者にして代表、医師でもある川村真妃さんと植竹さんの出会いのエピソードは、幸ハウスの伝説。 「よくぞ、出会ってくれました!」と、ふたりの出会いに感謝している幸ハウス関係者は少なくないでしょう。

幸ハウス富士共同代表の植竹真理さん

そんな伝説のエピソードを語る前に、植竹さんの看護師時代を振り返りたいと思います。大学病院やがんセンターなどで 消化器内科の看護師として働いていた植竹さん。看取りが多い病棟だったといいます。死の足音が忍び寄る患者さんの 心にはさまざまな思いが巡ります。患者さんが心の中に抱く不安や苦痛、あるいは希望について話したくとも看護師は 忙しそうで、とても話せそうにありません。

一方、折よく心の内を語り始めてくれた患者さんを残し、ナースコールに呼ばれて、話の途中でベッドサイドを去らなく てはならないもどかしさは、植竹さんも同じ。仕事が終わった後に、患者さんのベッドサイドへ行き、痛いところを すりながら、「家に帰りたい」「治療をやめたい」という患者さんの本音に耳を傾けるのが日課でした。 仕事を終えた後の時間であれば、PHSで呼び出されることもありません。患者さんとふたりだけの時間は、誰にも 邪魔されずにすみます。こうして患者さんが語ってくれた心の中に秘めていた本当の気持ちを、どのタイミングで 家族や医師に伝えるのか、患者さんの希望を叶えるために何ができるのかを考えることが、看護師としての一番のやりがいでした。

ナイチンゲールかくありきの素敵なエピソードですが、ただでさえ忙しい大病院の組織の中に、植竹さんのような看護師がいたら??周囲が 「困る!」のは、想像するまでもありませんよね(笑)。患者さんの声に耳を傾けることは、 看護師の大事な仕事の一つであるはずですが、それができないジレンマは日々募っていきました。妊娠出産を機に、 看護職を離れることを決意した植竹さん。でも、患者さんの「こうしたい」に寄り添う看護師でありたいという 熱意の炎が消えたわけではありませんでした。

看護職を離れて9年。酷い肩こりに悩まされていた植竹さんは、尊敬する整体師さんのマッサージを受けながら、 自分のやりたい看護について熱く語っていたと言います。すると、ある日、「植竹さんのやりたいことって、 こういうことではないかな?」と、渡されたのが、幸ハウスの理念や幸ハウスへの思い、やりたいことを綴った真妃先生の文章。

まさに自分がやりたいと思っていたことが書かれていました。「植竹真理というかたちの穴が空いているとしたら、 自分がそこにぴったりとハマったような感覚でした」という程の衝撃を受けた植竹さん。「幸ハウスの真妃先生に会いたい」と、 幸ハウス富士と同じ敷地内にある川村病院へ熱いラブコールをかけるも、対応してくれた看護部長に病院とは別の組織であることや 建物はできたもののまだ何も動き出してはいないことを告げられ、1ヶ月後にもう 1度電話をすることになりました。

1ヶ月後きっかりに再度電話をかけ、履歴書を送ることに。履歴書を見た真妃先生から電話があり、2017年11月、 ついにふたりは幸ハウス富士で出会います。「来てもらっても、まだ何もすることはないかもしれない」との 真妃先生からの言葉はもちろん右から左へ、「何もなくても来週から行きます!」と、半ば強引に幸ハウス富士へ 通い出した植竹さんは、真妃先生と濃密な対話の時間を過ごしながら、2018年3月のオープンを迎えるに至ります。

真妃先生が学生時代に訪れた、誰がスタッフで誰が患者さんかわからないドイツのホスピスのこと、本を読みながら ベンチで息を引き取った患者さんのこと、こんなに穏やかな死があるのかと驚いたこと。お互いがこれまで どんな道を歩んできたのか、幸ハウス富士をどんな場所にしたいのか、たくさんの対話を重ねながら、 幸ハウス富士の未来のヴィジョンを共有していきました。

一人ひとりが自分時間を楽しむ

「幸ハウスに出会って、未来のあたたかい医療や・看護を信じられるようになった」という植竹さんは、「役割分担をすればいい」と 語ります。「病院は検査に治療、やらなくてはならないことがたくさんあります。 幸ハウス富士のような、ゆっくり立ち止まって語れる場、病気になっても病人にならない「あるがまま」で あれる場が、日本全国にあって、病院と役割分担ができればいい」と、幸ハウスを全国へ広げる未来をイメージする 一方で、「全国120万人の看護師一人ひとりが1日10分、患者さんの声に耳を傾けたら、1200万時間。 一人ひとりの意識が変われば、大きく変わります」。

414(よいし)カードで、死生観を語る

もう一つ、幸ハウスがミッションとして掲げるのが、普段から広く一般の人たちが死や死生観について考える場を提供することです。 そのために、2年をかけて編み出したのが、「414カード」。

一人ひとりが最期まで、「自分が大切にしたいものを大切にできる生き方」をするための対話カードは、2021年4月頃発売予定です。(詳細は幸ハウスホームページをご覧下さい)49枚のカードの内、最初の20枚は、小学校高学年でも理解でき、死生観を語り合えるカードの表にある言葉を見て、自分はこれが大切だと思うものを選ぶと、裏にはその言葉を深めるような質問が書いてあります。

例えば、表に「いい人生だったと思える」とあったら、裏には「あなたにとっていい人生とはどのような人生ですか?」。
カードを通じて話をしていく中で、お互いへの親密さも深まっていくから不思議です。

414カード

誰もが日常の中で、死を見据えることで、自分が大切にしたいものに気付いたり、大切な人との対話を可能にしたりするカードです。 日本人の終末期がん患者のQOL(Quality of life/生活の質)を評価する尺度であるGDI(Good Death Inventory)と、 アメリカの精神科医ウイリアム・グラッサー博士が提唱する、人間の行動を駆り立てる5つの基本的欲求を参考に作られました。

死生観を語るための対話カード「414カード」

”プレ”ミアムな”しあ”わせプロジェクト?!

「プレしあプロジェクト」と、植竹さんが呼ぶのは、「患者さんが、その人らしく輝ける時間や場所を、みんなで考え、作っていくこと」。
つまり、幸ハウス富士でこれまでにも自然に生まれて形作られてきた、さまざまなプロジェクト、患者さん一人ひとりの物語のことです。

一つのエピソードとして、クラシック音楽が大好きな方が、命を吹き込むように長時間をかけて手作りしたオリジナルDVDで、 幸ハウス富士のみなさんと鑑賞会を開いたことはよき思い出です。鑑賞会から3週間後、「何も思い残すことはない。幸せな人生だった」と の言葉を家族に残して、その男性は旅立たれていきました。プレしあプロジェクトは、患者さんだけでなく、家族にとっても、 関わるすべての人にかけがえのない時間をもたらしてくれます。

そして、プレしあプロジェクトも含めて、幸ハウス富士の活動を支えてくれているのがサポーターさんの存在です。訪問看護師さん、 カウンセラーさん、墓石材店の店長さん、アロマテラピーの先生、ヨガの先生、臨床宗教師さん、美容師さん、中にはがん経験者の 方もいます。支える・支えられるを超えて、幸せの循環が生まれるのが、幸ハウス富士の魔法、いえ、日常です。

「がんになったおかげで、自分は変われた、優しく、穏やかに、自由になれた」
これは幸ハウス富士で時間を共にした複数の方の言葉です。もちろん不安や怒り、恐怖について語る方も少なくありません。 でも沈んでいる気持ちを上げようとするのではなく、植竹さんたちはただただ心と耳を傾けて、ただただその気持ちを大切にしたいと考えます。

さまざまなプレしあプロジェクトが生まれる大前提には、植竹さんたちの強い信念があります。「どんなに迷っていても、ご自身の中に答えがある。 その答えを自分で見つける力をみなさんが持っていると私たちは信じています。無理に前向きな言葉もかけなければ、背中を押すのでもなく、 私たちも目の前の方と一緒に、その瞬間を味わう。そして、お一人おひとりが大切な存在であることを、私たちの言葉、表情、視線、 仕草、すべてを通して感じていただければと思っています。人は自分が誰かに大切にされていると感じることができれば、自分を大切にできる。 そして、人も大切にできる。自分を信じ、悩む自分も大切に思うことができれば、時間をかけても、自分の中にある答えを見つけることができます」。

幸ハウス富士の自然体の幸せが、だれでもどこでも当たり前の未来がやってくることをわくわくしながら、待つことにしましょう。

全国に、幸ハウスのような、がん患者、家族、友人患者さんを取り囲む 身近な人々が「自分らしくあれる場」が誕生しています
幸ハウス富士
〒416-0903 静岡県富士市松本357‐1
MAIL:info@sachihouse.org
HP:http://sachihouse.org/
毎週水曜10~16時。(※現在は10~12時、13~15時)午後のワークショップは、13時半~14時半。 第1週茶道、第2週リラックスヨガ、第3週アロマテラピー。第4週カフェデモンク(お坊さんとの語らいの場)。

英国発祥のマギーズの日本第一号 マギーズ東京
認定NPO法人マギーズ東京
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TEL:03-3520-9913(平日:10時~16時)
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金沢の町にもマギーズ! 元ちゃんハウス
認定NPO法人がんとむきあう会
〒920-0935 石川県金沢市石引4-4-10 越屋メディカルケアビル
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ウィッグでも車いすでも、気軽に立ち寄ってお茶ができるカフェマーノマーノ
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〒814-0171 福岡市早良区野芥2-48-13
TEL:092-407-9588
HP:http://manomano-fukuoka.jimdofree.com/


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著者プロフィール

今村 美都  いまむら・みと

医療福祉ライター
1978年 福岡県生まれ
津田塾大学国際関係学科卒。
早稲田大学文学研究科(演劇映像専攻)修士課程修了。
大学在学中、伊3ヶ月・英6ヶ月を中心にヨーロッパ遊学。
『ライフパレット』編集長を経て、医療福祉ライター。
https://www.medicaproject.com/

(掲載:機関誌N∞[アンフィニ]2021年MAR-JUL)

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