2021.03.03
キャンサー・ソリューションズ株式会社 代表取締役社長 桜井なおみさん
取材・構成 今村 美都(医療福祉ライター)
自身のがん体験から、がん患者・家族を取り巻く環境、とりわけ就労問題の改善に取り組むべく、キャンサー・ソリューションズ株式会社(CANSOL)や NPO法人HOPEプロジェクト、一般社団法人CSRプロジェクトと様々な組織を立ち上げ、活動を続けてきた桜井なおみさん。悲願の「改正がん対策基本法」の成立直前、 師走の慌ただしい一日、CANSOLのオフィスにて、看護師に望む思いを聞いてみました。
「キャンサー=がん」を取り巻く課題への実現可能な「ソリューションズ=解決策」を!
「お魚くわえたドラ猫?」とサザエさんのテーマソングを歌いながら、桜井さんはオフィスに姿を現します。地下鉄の改札を出ようとして、 財布を忘れたことに気が付き、再度自宅へ舞い戻っての登場に、取材前で緊張気味のこちらの心もほっこり緩みます。ラーメン大好き小池さん(藤子不二雄の マンガの登場人物)を彷彿とさせるヘアスタイルもあいまって、ユーモラスな印象を与える桜井さんですが、いざ「がん」という病気のこととなると瞳の奥に 厳しい光が宿ります。
2004年7月6日、設計事務所のチーフデザイナーとして働き盛りだった桜井さんは、37歳で乳がん告知を受けます。 治療のための休職後、職場復帰し、仕事と治療の両立を図りますが、最終的に退職という選択をするに至ります。
がん患者が働き続けることの困難さやがん患者への偏見をはじめ、がん患者・家族を取り巻く多くの課題を自ら痛感した桜井さんは、
2007年7月にキャンサー・ソリューションズ株式会社(CANSOL)を立ち上げます。続いて2009年に、サバイバーの仲間たちとともに
NPO法人HOPEプロジェクトをスタート、2011年3月には、一般社団法人CSRプロジェクトを設立します。
C S R とはC a n c e rS u r v i v o r s R e c r u t i n g の略です。これらの団体を通じて、桜井さんは、文字どおり「キャンサー=がん」に
まつわる課題についての「ソリューションズ=解決策」を提示し、社会を変えるべく、精力的に取り組んできました。
具体的には、がん体験者の就労問題に関する調査・研究、社会への提言を始め、患者が仕事への不安や悩みについて語り合うサバイバーシップ・ラウンジや、
就労に関する個別相談に応じる就労ほっとコール、医療従事者・企業人事担当者のための就労サポートコールなどの活動を行っています。
さらには「途上国から世界に通用するブランドをつくる」ことを目指すマザーハウスとのコラボで、がん体験者のことを考え、 デザインにもこだわったショルダーバッグの開発など、その活動は多岐にわたります。
たとえ似合っていなくても「そのウィッグ似合ってる」と言ってほしい(笑)
茶目っ気たっぷりの登場に緊張が緩んだのも束の間「看護職に望むのは、いたってシンプル」と始まった桜井さんのマシンガントークに圧倒されます。
「組織の中で働く看護職ならば、病気を抜きにしても、上司との人間関係や組織で働く大変さなど、職業人として患者と共感できることは多々あるはずです。
なにも特別なことではなく、自身の生活の延長線上に看護があるという生活者目線、つまりは患者・家族と同じ目線を持つことを看護職には常に忘れないでいてほしい」と桜井さん。
主に病気の面をみる医師とは異なり、病気をみながら生活面をもサポートできるのは看護職であるという期待があればこその厳しくも温かい言葉が続きます。
「患者・家族の生活の質を支えることが看護師の役割であるはずなのに、あれもダメ、これもダメと生活の質を下げている専門職が少なくありません。
ダメダメリストは医師に譲って、どうすればできるのかというアドバイスをしてほしいし、いっしょに考えてほしい」
がんの治療を受ければ、さまざまな副作用が考えられます。たとえば、味覚障害があると「酢など刺激のあるものを活用しましょう」と
アドバイスされます。一方で、口内炎があると「刺激のあるものは避けましょう」と真逆のアドバイスをされます。しかし、実際には味覚障害がある時には
口内炎も生じることがあり、教科書どおりのアドバイスをしていては患者さんの実情に対応できません。
「まずはつらいですよねのひと言があるだけでも、患者は救われます。さらに味がわかりにくいなら、盛り付けを工夫して見た目を楽しくしてみたら?
味見は家族にお願いしちゃいましょう!ともう一歩踏み込んで、生活者視点で患者に寄り添う。看護師のちょっとした言葉に患者や家族は安心を覚えます。
治療の副作用で髪の毛が抜ける不安と向き合っている患者にとって、たとえ似合っていなくてもそのウィッグ似合ってると言ってほしいし、そのひと言が嬉しいんです」
まずは病院 足元からの就労支援を
就労相談を受ける中で、サバイバーナース=がん体験者の看護職からの就労相談は少なくないと桜井さんは指摘します。患者に対しては就労相談に乗り、 サポートしているにもかかわらず、ともに病院で働く職場のスタッフががんを発症したとしても勤務体制や治療への理解が得られず、転職や退職を余儀なくされているという 厳しい現状が浮かび上がります。「大病院ともなれば何百人もの専門職が働く大会社です。にもかかわらず、患者の仕事の相談には乗りながら、病院内では職員への 適切な配慮がなされていない。まずは足元から、がんも含め病気になった職員が働き続けられる環境を整えていくことが重要ではないでしょうか」。
また、桜井さんは、従業員が病気になった際に雇い主側が知りたいのは「配慮=どんな配慮が必要なのか」「見通し=今後どんな変化があり、 仕事にどう影響するのかという将来予測」「思い=これまで通り働き続けたいのか、辞めたいのか、時短で働きたいのかなどの仕事への思い」の3つだと言います。 「医師にインフォームドコンセントで説明は受けていても、病気の告知を受けて混乱の最中にある患者は腑に落ちていないし、理解できていません。 治療や薬のことがきちんと理解できていないから、どの薬の副作用が出ているのか、どのくらい続くのか、治療の見通しがどうなるのか、 職場が求めている問いにきちんと答えることができません。医師の言葉をわかりやすく翻訳して病気や治療について説明することで、患者が職場に配慮・見通し・ 思いの3つを伝えられるようサポートするのも看護職の大事な役割の一つではないでしょうか」
ペイシェント・ファースト患者第一の前に、自分ファースト=自分を大切に
「看護職としての仕事をまっとうすること、そして同じ生活者としての目線を持つこと。そのためには、ペイシェント・ファースト=患者第一の前に、
自分ファーストであることが大切です。自分の心・技・体が整っていなければ、他人の看護ができるわけがないですよね」と桜井さんは続けます。
「看護職には、もともとこころのやさしい方が多いので、どんなにつらい職場環境にあったとしても、患者さんのありがとうという言葉だけでがんばれてしまう。
その結果、燃え尽きてしまっては意味がありません。自分を大切にして、と声を大にして伝えたいですね。患者側にも不平不満ばかりを言って、
看護職に八つ当たりするモンスターペイシェントがいますが、こうした患者を受け入れる必要はないと思っています。自分の人生の主導権は自分がしっかりと
握って看護はこうあるべきという世間のイメージに振り回されないことも大切かもしれません」
理想の看護師像?!統計家であり看護の基礎を築き上げたナイチンゲール
看護師ならば誰でも「看護はこうあるべき」という理想像があるでしょう。ナイチンゲールを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。設計士だった桜井さんは、
最初は、現在の病院の基本形をつくった病院建築家としてのナイチンゲールに着目しました。データに基づく看護で、現代の看護の礎を築き上げたナイチンゲールの本領は、
統計家でありイノベーターにあるとも桜井さんは指摘します。
「統計家として、明確な理論とデータを持って、看護師の職務を高めていったイノベーターがナイチンゲールです。看護師ならば統計学を学んだはず。何のために学んだのか。
数字に則って、看護師の職能を証明していく。現場で使ってこそ、ひいては患者のためにもなります」と桜井さん。
海外の学会・病院などにも精力的に足を運び、日々の学びを怠らない桜井さんは、米国の病院で目にした看護師長はじめ看護師たちが腕を組んで正面を見据えた 「Be a nurse! 」というポスターが忘れられないと言います。「米国では医師の管理下に置かれるのではなく、対等な関係を築き上げてきました。 日本の看護職の皆さんにも、理論とデータに基づいて、自らの職務を高めていくことができるはずです」
最後に、桜井さんと仲間たちの雑談の中から生まれた可愛らしい「スーパーナース」のイラストを見せつつ「Be a スーパーナース」のメッセージをくれた桜井さん。 何でも一人でこなせるスーパーマンになれ、ということではもちろんありません。「一人で抱え込むのではなく、適切に投げる。たとえば、就労のことなら相談支援センターに つなぐ。看護の部分をきちんと担った上で、同じ生活者としての視点に立つ。 スーパーナースに求めることは、決して難しいことではありません」
一がん体験者であり、一職業人であり、一生活者。一統計家であり、イノベーターである桜井さんであるからこそ伝えたい、看護師へのメッセージ。 なにかこころが動かされたのなら、ナイチンゲールへの道はすでに始まっているはず。Be a スーパーナース!
著者プロフィール
医療福祉ライター
1978年 福岡県生まれ
津田塾大学国際関係学科卒。
早稲田大学文学研究科(演劇映像専攻)修士課程修了。
大学在学中、伊3ヶ月・英6ヶ月を中心にヨーロッパ遊学。
『ライフパレット』編集長を経て、医療福祉ライター。
https://www.medicaproject.com/
(掲載:機関誌N∞[アンフィニ]2017年MAR-JUL)
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