2020.12.05
有限会社せせらぎ代表 高橋恵子さん(看護師)
取材・構成 今村 美都(医療福祉ライター)
この夏、令和2年7月豪雨が熊本を襲いました。2016年の熊本地震で最も被害の大きかった地域の一つである益城町に拠点を置く
有限会社せせらぎ代表の高橋恵子さんは、熊本地震での経験と日頃からのネットワークを活かし、豪雨の最中から災害支援を続けています。
また、2021年に開催される日本ホスピス・在宅ケア研究会全国大会へ向け、コロナに禍のなかオンラインを駆使し、大会長として奔走しています。
グループホームせせらぎをはじめ、デイホーム、小規模多機能ホーム、訪問介護事業所を運営する経営者であり、看護師である高橋さんに、
オンライン取材しました。
災害時に強い、ふだんからのネットワークづくり
令和2年7月豪雨に際し、高橋さんは、地域密着型サービス連絡会事務局の11ブロックのネットワークと連携して情報収集を開始しました。 世話人を通じて、各ブロックの事業所一つひとつに聴き取りを行っていく、地道な作業です。同時に、県内だけでなく、他県や他団体へ向けても支援金・義援金、 支援物資の要請をスタート。SNSの時代、支援物資は、あっという間に集まります。ところが、集配所や避難所が機能せず、直接被災地に送ることができなかったため、 いったんせせらぎを拠点として集配し、届ける体制を構築しました。
災害支援はスピード勝負。8月5日には、早々に八代地区へ支援物資を届け、人的被害はないことを確認しました。そのうえで、今後は八代ブロックにサポートを依頼し、 任せることにしました。また6日には、今回の豪雨でとりわけ被害の大きかった人吉・球磨地区へ、支援物資を持って現地視察へ入りました。
常時のネットワークのおかげですが、熊本地震に学んだ教訓が、今回の豪雨で存分に活かされています。とはいえ、介護施設や事業所を支援しながら、 地域住民全体へ必要な支援を届けようとする取り組みは、たやすいものではありません。浸水した建物には、水が引いた後も大量の泥・泥・泥。支援物資以上に必要なのが 人手であることは明らかでした。ところが、外部からのボランティアが大活躍してくれた熊本地震のときとは異なり、今回は新型コロナウイルスの影響で外部からの ボランティアが頼めません。さらに、高齢化・過疎化が進む山間部にある人吉・球磨地区は、地域のつながりが強い分、外部の人間を受け入れる風土が根付いていません。 同じ熊本とはいえ、「よそ者」である高橋さんたちがいきなり支援を申し出ても受け入れてもらえる雰囲気ではありませんでした。そこで、お饅頭やみかんを持って何度も 足を運び、徐々に顔見知りになりながら、必要な物資を聴き取っていく作戦を行いました。
避難所などのコーディネーターや担当者は、「支援物資は十分ある」と口を揃えて言うものの、実際に聴き取っていくと、肌着や靴下、上着と必要なものは個々に異なり、 行き渡っているとは言えない現状が浮かび上がってきました。ある女性からはエプロンがほしいとの声。「エプロンはぜいたく品という声もあるでしょう。でもエプロンが ほしいという女性からは、生活者としての顔が垣間見えました。被災者である前に生活者です」と高橋さん。いくつかの柄のエプロンを持って再度訪れた時、 嬉しそうに選ぶ女性の笑顔に、はっとさせられたと言います。「心のよりどころになるものを届けたい」という高橋さんの信念が窺えるエピソードですが、 生活者であることを大切にする姿勢は、ふだんの看護や介護に対する姿勢とつながっています。
災害時に求められるのは、支援力だけでなく、受援力
熊本地震の際の経験から、被災地に大量の支援物資が届き、処分に困る現実を知る高橋さんは、「必要なものを必要な人に必要なだけ」をモットーに、 無駄なく受け取り、無駄なく届けることを心がけています。認知症介護指導者の仲間が教えてくれたAmazonの「ほしい物リスト」機能(Amazonに登録されている商品のうち、 自分が欲しいものをリスト化し、公開しておいて、それを見た知り合いにプレゼントしてもらう、というサービス)は、支援者に必要な支援物資を知らせるのに大いに 役立ちました。また、日本ホスピス・在宅ケア研究会からの支援金は、訪問看護ステーションなど在宅サービス関連の事業所を中心に、冬物の衣類や電気毛布などの、 冬に備えた支援物資を届けることをサポートしてくれています。
災害支援では、支援する側の支援内容(支援物資をそのものを送るのか、支援金という形で現地に任せるのかなど)やマンパワー、ノウハウもさることながら、 支援を受ける側の「受援力」も問われます。「チームビルディングができていて、受援力の高い事業所からは、 電池式かコンセント式の充電器や髭剃り用のシェーバーといったような、的確な物資リストが挙がってきます。また、支援の受け取り方が上手で、 逆に支援する側が励まされることも少なくありません」(高橋さん)。
新型コロナウイルスの影響もあり、少人数で短時間の滞在で支援する体制を取ることも今回の課題です。感染を持ち込まないことが重要視されるため、 日頃からつながりのあるグループホームでは比較的スムーズに行える支援内容でも、とりわけ感染への危機感の強い在宅サービス関連への支援では、 担当窓口を決め、やり取りをすることが不可欠です。ただでさえ、マンパワー不足である現場のスタッフが、日常業務の傍ら窓口となり、さらなる業務負荷を 担わなくてはならないことに配慮した支援が求められます。支援力に受援力、双方を問われるのが災害支援です。
今回の豪雨では、高橋さんの付き合いのあるグループホームのスタッフが、夜勤中に、浸水の恐怖の中、一人で入居者の命を守り抜くという経験をしました。 一人で要介護の入居者たちを2階に避難させたり、父親と2時間以上かけて冠水した道路を泳いでグループホームに駆け付けたスタッフがいたり。大規模災害の続く 災害大国日本において、いかにして患者や利用者、入居者はもとより、自分たち職員も含め、地域住民の命を守るのか。これは、病院か施設か、あるいは在宅かを問わず、 看護師全員が熟慮すべきテーマと言えるでしょう。「最悪の事態をイメージして動くこと。何が起きるかを想定できるだけでも、命が助かる可能性が高まります」(高橋さん)。
オンラインでもリアルでもポジティブな発信&活動を
来年は、日本ホスピス・在宅ケア研究会の全国大会が熊本で開かれます。高橋さんは、熊本地震から7年、そして東日本大震災から10年目にあたる年に大会長を務めます。 今年は新型コロナウイルスという予期せぬ脅威が医療介護界を襲った一年でもありました。ケアに関する活動が、withコロナの時代においてパラダイムシフトを迎えています。 また、新型コロナウイルスが直接及ぼした影響は定かではありSませんが、一見順風満帆に見える若い才能たちが自ら死を選ぶことも相次ぎました。8月だけで自殺者の数が15%増(前年同月比) という現状を憂う高橋さんは、Zoomを使った新たな活動にも挑戦しています。「コロナ禍では、個々人の心の闇が浮き彫りになりました。メディアのネガティブキャンペーンも拍車をかけたと 考えています。とりわけ寝るまでの数時間、人の心に魔が差す時間帯です。その時間帯に誰かと話すこと、つながることが命をつなぐのではと思い、『Zoomカフェ』も頻繁に開催しています」。 Zoomを使って他の介護職や看護職などと勉強会をすることはもとより、医療介護にかかわらず、大学教員などの専門家や得意分野を持つ人々を講師に迎えたミニ講座とおしゃべり会など、 「Zoomカフェ」に積極的に取り組んでいます。実は、これは大会長としての活動の一つ。多彩な人々とつながりをもつことで、大会を医療介護の枠を超えて「まぜこぜ」に、多様性のある 生活者の視点から生と死に向き合う場にしたいと考えています。また、リアル(対面)とオンラインのハイブリッド型の大会を視野に入れ、「Zoomでやれることは全部試そうと思っています」と ツールの可能性にも期待しています。
人と人が直接出会うリアルは何物にも代えられないものですが、オンラインにはオンラインのよさがあります。 大会当日に視聴できる一方、大会後数ヶ月はYoutubeの限定公開などで何度でも視聴可能にし、多忙な医療介護職が時間を有効活用しながら効果的に学べる工夫も取り入れる予定です。
大会までの情報発信では、メディアのネガティブキャンペーンに対抗し、日本ホスピス・在宅ケア研究会ならではの「ポジティブキャンペーン」を展開したいとも考えています。 リアルでは、大会の各講演を充実させると共に、熊本を巡るガイドツアーも計画しています。益城町の断層から、外輪山を超えて阿蘇の被災した箇所などを巡り、同時に熊本の郷土料理と 景観を堪能できる特別な旅です。また懇親会は、被災したレストランや食堂から50食ずつなど可能な数を提供してもらい、ケータリング形式にすることで感染対策も兼ね、郷土料理のよさを 伝えると同時に地元の支援につなげたいと願っています。大会のテーマである「ありがとうって、伝えたくて」が満ちた大会になることでしょう。
著者プロフィール
医療福祉ライター
1978年 福岡県生まれ
津田塾大学国際関係学科卒。
早稲田大学文学研究科(演劇映像専攻)修士課程修了。
大学在学中、伊3ヶ月・英6ヶ月を中心にヨーロッパ遊学。
『ライフパレット』編集長を経て、医療福祉ライター。
https://www.medicaproject.com/
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