2020.09.16
取材・構成 今村 美都(医療福祉ライター)
湘南地域の藤沢市には、小規模多機能居宅介護を行う2つの事業所があります。一つは加藤忠相さん率いる「あおいけあ」。もう一つは菅原健介さん率いる「ぐるんとびー」。
「湘南モデル」「藤沢モデル」と介護業界でも一目置かれ、全国から見学者が後を絶たない彼らのケアとは? 2016年春、そして夏真っ盛りの日、
2回にわたり湘南の地を訪れました。
専門職の仕事は〝考える〞こと
「明日、しげじいと温泉に行ってきます」。講演のため北海道に出張中だった加藤さんの元に届いた、ベテラン介護士からのメールでした。 「温泉に連れていってよいか」と尋ねるのではなく、結論ありきの〝報告〞メールには「あおいけあ」のケアのなんたるかが垣間見えます。 いつお迎えが来てもおかしくないターミナル期にあった90代のしげじいは、家族の都合でショートステイの予定でしたが、断固拒否。 「温泉なら行ってもいい。泊まりたい宿がある」という要望に応え、介護士は「道中に命尽きるかもしれませんが」と家族の了承を得ると、 二人で温泉旅行へ。温泉旅行の数日後、しげじいはあの世へ旅立ちました。「ずっと行きたかった宿に泊まって、温泉に入って。万々歳の最期ですよね」と 語る介護士さんからは、最期まで寄り添い切ったという思いが伝わってきます。「加藤に聞いてよいと言いそうなことは、やってよし」と常々スタッフに伝えている 加藤さんは
あおいけあに〝お風呂は○時〞〝これをやらなければならない〞といったマニュアルはありません
と、きっぱり。
じいちゃんばあちゃんの〝楽しい〞や〝社会の役に立ちたい〞という思いを実現する。そのゴールにたどり着くために、目の前で日々起こることをどう判断して、 どう行動すればよいかを考える。専門職の仕事は〝考える〞ことです
子どもあり、妊婦あり、元引きこもりの少年ありいろんな世代が交わる地域に開かれた場
福祉系の大学を卒業後、3年間働いた特別養護老人ホームで介護のあり方に疑問を抱いた加藤さんは、25歳で「あおいけあ」を立ち上げました。
現在では、小規模多機能型居宅介護「おたがいさん」、デイサービス「いどばた」、グループホーム「結」の3つの事業を手がけています。
初めて取材に訪れた春、ちょうど戌の日を迎える若いスタッフが、じいちゃんばあちゃんにあれやこれやと世話を焼かれつつ、腹帯をしていました。 実は、先に紹介したベテラン介護士の娘さんで、幼い頃からあおいけあに出入りしていたそうです。事業所のお風呂に入って帰るような高校生だった彼女が、 ここのスタッフになるのは自然な流れでした。そんな「あおいけあ」の秘蔵っ子は、手作りのブーケにケーキ、じいちゃんばあちゃんの手を借りて、 結婚式も「あおいけあ」で挙げました。日常の中で、人と人が関わって、化学反応が起きる。「あおいけあ」の真骨頂とも言えるこのエピソードは、 マンガにもなっています。(ご興味のある方は「エレガンスイブ」8月・9月号に掲載されているマンガ『介護日記』をご覧ください)。
「じいちゃんばあちゃんを幸せにする」と始まった「あおいけあ」ですが、周辺に住む子どもたちが事務所の隣にあるフリースペースで習字を習っていたり、
「おたがいさん」の入口に設置された駄菓子コーナーに遊びに来たりと、子どもたちの姿も日常の風景に溶け込んでいます。また「いどばた」の食堂には、
プロの板前さんもいれば(本格的かつおいしい料理が味わえ、残食は大幅に減少!)、アスペルガーで重度の引きこもりだった少年が自分で電車に乗って
お手伝いにやってきます。高齢者福祉の範疇を超えて、さまざまな人たちが関わり、地域に開かれていることがわかります。
1か月30時間のボランティアで家賃7万円が4万円♪次なる試みは「おとなりさん」
「湘南モデル」「藤沢モデル」と呼ばれ、行政や同業者からの視察も多く、全国各地に講演に招かれたり、漫画や映画化されたりとメディアからも注目される「あおいけあ」。
その加藤さんが、次に手がけるのは「おとなりさん」。3つの事業所と自宅のある同じ敷地内に建設が決まっているこの建物は、1階部分に、日中は小規模多機能+夜間は
子どものフリースペース等地域の人のための場+地域の方も利用できる食堂が入り、2階部分に賃貸アパートが入る予定です。
アパートの住人は1か月30時間、じいちゃんばあちゃんとおしゃべりするもよし、庭掃除をするもよし、「あおいけあ」でボランティア活動すれば7万円の家賃が 4万円になる(※)という特典付きです。3部屋のうち2部屋は既に住人が決まっています(※)。新たにできる「おとなりさん」が、地域全体の「おとなりさん」的存在となって、 人が集う図が目に浮かぶようです。
※2016年取材時の情報になります。
UR住宅だからこそできること「ぐるんとびー」ならではの光景
「ぐるんとびー」は、UR住宅の一室を利用した小規模多機能型居宅介護事業所で、友だちの部屋を訪れたときのようなアットホームな空間が迎えてくれます。
「ぐるんとびー」では、一人ひとりが時間の制約なくやりたいことをやってほしい、食べたいものを食べてほしいという思いから、あえて昼食を提供していません。
「今日は○○にお昼を食べに行きたい」と言えば、スタッフが同行し、その人の思いを実現します。
3月に伺った際には、利用者の女性の一人が「皆にお料理を振る舞いたい」と食事をつくってくれたために、珍しく皆で食卓を囲んでの昼食でした。
こんなふうに臨機応変で〝マニュアルがない〞「ぐるんとびー」のケアのあり方は、「あおいけあ」と通じるものがあります。
団地の子どもたちが遊びに来たり、スタッフが3か月の赤ちゃん連れで出勤したり、UR住宅在住のご利用者さんが他のご利用者さんに夕飯をごちそうしたりといったことが 自然発生的に生まれているのも、多世代が住まう「団地」という特性を生かした「ぐるんとびー」ならではの光景です。
医療者目線ではなく、生活者目線で「楽しく生きる」を下支えする
「ぐるんとびー」では、その人のやりたいことに寄り添うことをなによりも大切にしていますが、それを可能としているのが、看護師1名、作業療法士2名、理学療法士2名を含む 常勤10名という充実したスタッフ体制です。専門職が生活リハビリに力を入れていることもあり、介護度がどんどん下がっていく現象が見られますが「それが目的ではありません」と 代表の菅原さんは口調を強めます。
人ひとりの困っていることに対して一緒に考えていく。
〝楽しく生きたい〞を下支えする。楽しいことをやっていることの結果として、介護度が下がっていきます。
たとえば、大好きなプールを医師に止められた末期がんの男性が「死んでもいいから、やりたいことをやらせてくれ」と訴えた際には、プールで泳げるようにスポーツジムにかけ合い、 最後の願いを叶えました。俳句が趣味の女性は、認知症が始まって以来引きこもりがちでしたが、スタッフが定例の俳句の会に付き添って周囲との関係を再構築するお手伝いをするうちに、 また一人で参加し、俳句を楽しめるようになりました。
医療者目線の〝こうしたほうがいい〞ではなく、
本人目線の〝どう生きたいか〞を生活の中からアドバイスしたり、一緒に悩んだり、時にはお尻を叩いたりするのが専門職の仕事です。
とりわけ、看護職には治療と生活の両方の視点から地域とつなぐコーディネート力が求められていると思います。看護師にはどんどん地域に出てほしい。小規模多機能型居宅介護を体験してみるのも、いいかもしれません。
団地全体を一つの大きな家族にぐるんとびーの挑戦
「団地全体を一つの大きな家族にすること」と目標を掲げる菅原さんにとって「小規模多機能型居宅介護はツールの一つに過ぎない」と言います。
日本全体を変えることが無理でも、小規模多機能型居宅介護を通じて、まずは団地から変えていく。皆で子どもたちを育て、高齢になっても住み続けられる団地づくりのために、
菅原さんは団地の自治会の役員にもなり、積極的に働きかけています。結果、合同での卓球大会やストレッチなど、ぐるんとびーの中でやってきたことが団地全体へと
広がりつつあります。
新たに一部屋を借りて、団地の人も利用できる食堂付き小規模多機能型居宅介護もオープン予定です。団地家族化計画についてキラキラと瞳を輝かせる 菅原さんの話を聞いていると、こちらまでワクワクが伝染してくるようです。
飲み会からつながるご縁「湘南きずな」
東日本大震災の被災地支援の混沌の中で出会った加藤さんと菅原さんは、プライベートでも仲よしですが、おふたりの距離を縮めるきっかけとなったのが「湘南きずな」です。 加藤さん曰く
「ただの飲み会」であるところの「湘南きずな」は、始めは少人数の集まりでした。
いまでは職種を超えて、たくさんの人が集い、つながる場に成長しました。
介護・福祉といった枠にはまらない飲み会は、あおいけあやぐるんとびーのみならず、地域全体の活性化に一役買っています。
それぞれに個性光るあおいけあとぐるんとびーには、専門職が専門性を活かして一人の人間としてケアを必要とする人に向き合っている、 医療・介護の専門職のみならず板前さんや臨床美術士といった他業種が関わっている、子どもたちの姿が日常の中にあるなど、共通点も少なくありません。
理想の介護、先進的な取り組みと評されることの多い彼らが異口同音に語る「当たり前のことを、当たり前にやっている」という言葉が耳の奥で響きます。
(掲載:機関誌N∞[アンフィニ]2016年秋冬号)
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