2020.03.26
友納理緒(弁護士)
今回は、最近、私がかかわった裁判のお話です。 その裁判では、ある団体が公益法人になるために国に申請をしたところ「団体の事業には公益性がない」という理由で不認定とされたため、その処分の取消しを求めました。
ある団体とは「日本尊厳死協会」という団体です。尊厳死とは、安楽死とは異なり、積極的に患者の死期を早めるものではなく、回復の見込みがない末期状態の患者に対して、生 命維持装置を取り外すなどして治療を中断し、人間らしい尊厳ある死を迎えさせることです。 この団体の事業は、リビング・ウィルの普及啓発事業、登録管理事業、調査研究・提言事業の3つです。
国の不認定理由は「リビング・ウィルがあると、医師に対し、治療中止へ誘引する等の悪影響を与える可能性がある」というものでした。 これを聞いて、皆さんの中でも「あれあれ?」とお思いになった方も多いのではないでしょうか。リビング・ウィルは、そもそも患者さんの延命治療に関する意思を表明するもので、医療者がその意思を尊重するのは当然のことです。そのことが医療者に不利益を与えるというのは「どういうこと?」という疑問がわくのです。日本尊厳死協会もこの疑問を感じ、裁判に踏み切りました。
裁判所の判断
「団体の事業には公益性がある」 → 不認定処分を取り消す
裁判所は、第1審(東京地裁平成31年1月18日判決)も控訴審(東京高裁令和元年10月30日判決)も、国の判断は「社会常識からしておかしい」として、不認定処分を取り消しました。 リビング・ウィルが医師に与える影響については、次のように判断しました。 ● 終末期の患者が自ら意思表明できない状態となった場合において、患者と同居していた家族等が合理的に推定する患者本人の意思に基づいて医師等が延命措置の中止等を行ったときに、事後的に医師が患者の他の家族等から民事上その他の責任を追及されるような可能性は、リビング・ウィルの存在によって相当程度減少することが予想される。 ● このようなことからすると、団体の事業を公益目的事業と認めることによって医師等の法律上の地位が不安定となるかを判断するに際しては、延命措置の中止等を判断する時点における患者の意思を推定するため、ひいては患者の推定的意思に基づく延命措置の中止等に起因する種々の法的リスクから医師等を守るための手段として、リビング・ウィルが果たし得る積極的な役割をも考慮に入れる必要がある。
裁判所は、リビング・ウィルには医師の法的な不利益を減少させる役割があることを認めました。国は、リビング・ウィルがあることで、医師が患者の意思確認をおろそかにするこ とを懸念したようですが、もしそのようなことがあれば、その医師が医療現場における説明と同意のプロセスを怠ったものであり、責任を問われるのは当然です(「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省 改訂平成30年3月)も参照してください)。 終末期医療における治療中止・差し控えは難しい問題です。最近は、ACPや人生会議という言葉もよく耳にするようになりましたが、患者さんの最も身近にいる看護師に期待される役割はとても大きいものです。 リビング・ウィルも含めて、患者の意思を尊重・擁護するための方法を、ぜひ皆さんも考えてみてください。
著者プロフィール
弁護士・土肥法律事務所・第二東京弁護士会所属
2003年 東京医科歯科大学医学部保健衛生学科卒業 (看護師、保健師免許取得)
2005年 東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士前期課程修了
2008年 早稲田大学大学院法務研究科修了
2011年 弁護士登録
2012年 都内法律事務所 (新宿区) に勤務
2014年 衆議院議員政策担当秘書として出向(~2016年12月)
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