2021.07.23
友納理緒(弁護士)
今回は、リハビリ事故の事例を扱います。名古屋高裁平成28年8月4日判決(判時2314・64)です。 これは介護施設における事例ですが、医療機関や訪問看護の現場などにおいても参考になりますのでご紹介していきます。
ある生活介護サービス施設を利用していたAさん(当時25歳女性 )。5歳の時に発症した脳炎により症候性てんかんを生じ、痙性四肢麻痺が残存し、ADL全介助の状態でした。平成23年4月頃から、Aさんの母親は、自宅で、四肢拘縮予防のため特定非営利法人からプログラムが提供されたパターニングと呼ばれるリハビリ運動をAさんにさせていました。24年1月からは、施設でもリハビリ運動をすることになり、母親は施設の看護師にそのやり方を教えました。その翌月、看護師がAの右足を伸ばす運動をさせていたところ、左大腿部の骨折が発生しました。
そこで、Aの母親は、看護師はAの骨折を予防するため、注意深く慎重にリハビリ運動をさせるべき注意義務を怠った等と主張して、裁判を起こしました。
『看護師に過失は認められない』
看護師がリハビリ運動として外力を加えた結果、骨折が生じた以上、看護師が加えた外力が客観的には許容範囲を超えた外力を加えたものであったとは認められる。
しかし、Aの骨折時に看護師が行っていた手技の内容が母親の教えた内容と異なるとは認められないこと、1月4日に母親からリハビリ運動の教えを受け、その後、週2,3回程度の割合でリハビリ運動を実施しており、その間には骨折事故は発生しなかったことからして、看護師が加えた外力はそれほど強いものではなく、麻痺を有する患者が骨に脆弱性があることが多いことに対する一般的な注意は払われていたと推認されることからすれば、本件骨折は、Aの骨密度が極めて低い状態にあったことから発生したものと考えられる。
母親は、看護師らに対し、Aの骨密度が極めて低い状態にあることを伝えておらず、看護師がそのことを知らなかったことなどからすれば、看護師が、自己の加えた外力が、Aの極めて低い骨密度の下における許容範囲を超える危険性があることを認識することはできなかった。したがって、看護師に本件骨折の発生について予見可能性があったとは認められない。
一般的にリハビリについては、①リハビリ開始における判断や②リハビリを実施する場面における注意義務が問題となります。リハビリを行う際は、患者の状態を適切にアセスメントし適切なリハビリの方法を選択すること,リハビリ実施中も患者の状態を観察し、過度な負担をかけることがないように注意すること、異常が発生した際に直ちにリハビリを中止し主治医に報告すること等が重要になります。
本判決において、看護師はリハビリを行う際に、母親から「骨が弱い」とは伝えられたようですが、裁判所の認定としては「その趣旨はAには麻痺があり骨に脆弱性があるから注意してほしい旨の一般論にとどまり、Aの骨密度が極めて低い状態にあることを具体的に説明したものではない」とのことです。このような状況では、本件事故を避けることは難しかったのでしょう。
患者さんの中には、高齢や障害など様々な理由から骨折をしやすい患者さんが多くいらっしゃいます。患者さんの状態をまずは適切にアセスメントし、危険を予測し、安全なリハビリを行うように努めましょう。
著者プロフィール
弁護士・土肥法律事務所・第二東京弁護士会所属
2003年 東京医科歯科大学医学部保健衛生学科卒業 (看護師、保健師免許取得)
2005年 東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士前期課程修了
2008年 早稲田大学大学院法務研究科修了
2011年 弁護士登録
2014年 土肥法律事務所開所 / 衆議院衆議院議員政策担当秘書として出向(~2016年12月)
2020年 公益社団法人日本看護協会参与に就任
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