インタビュー
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ポリナビって何?①ポリナビ、はじまり はじまり

2022.11.30


ポリナビ創立メンバー
窪田和巳さん
伊原由美子さん
坪田康佑さん

2007年、看護連盟の20代会員の有志が<看護の現場をもっとよくしたい>という思いから「ポリナビ」を立ち上げました。「ポリナビ」の活動は、現在の看護連盟青年部の原型となりました。当時のメンバーは、何を考え、見ていたのか。第1回は、初代の若手担当幹事だった窪田和巳さんとポリナビ事務局長の伊原由美子さんに、初代のメンバーの一人である坪田康佑さんがインタビューしました。

日本看護連盟政治アカデミー第1期生

長期的な視点で、看護の世界をよりよいものにしていく

坪田

ポリナビが生まれた経緯を教えてください。

窪田

2004年の参議院選挙の反省から、2005年にリフォーム連盟が始まりましたが、20〜30代の政治参加の課題は残されたままだったんですね。そこで、2006年に石田昌宏幹事長(現参議院議員)から若手で集まって勉強会をやらないか、と声がかかり、10人ぐらいで始めたのがきっかけです。2007年の参議院選挙前に、各都道府県で行われた若手研修の企画から、本格的に活動が始まったように思います。その前後ぐらいに、当時はやっていた「ぐるなび」にかけて、この活動をポリナビと名づけました。

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初代事務局長の伊原さんがご出演

ポリナビ誕生宣言のチラシ

坪田

ポリティック・ナビゲーターズ・ネットワーク、ですね。

窪田

私は、2007年から2011年まで日本看護連盟の幹事を務めまして、各県に研修に行って話したりしていました。2011年までには、ほとんどの都道府県で若手のリーダーたちが出てきたのではないでしょうか。

坪田

各県のリーダーは、どのようにして出てきたんでしょう?

窪田

同じ頃に日本看護連盟では、政治アカデミーという、次世代の看護連盟のリーダー養成を目的とした政治塾を開催していました。そこを終えた若手たちが、ポリナビにシフトしてくることが多かったですね。ポリナビのスタート時の目的は、政治への接点を増やそう、まずは関係を構築していこう、ということでした。すぐに何かを達成するというのではなくて、長い目で見て各都道府県のリーダーを作るという発想でした。

坪田

今のポリナビ、青年部を見て、いかがですか。

窪田

数を増やすことに焦らなくていいと思うんです。コロナ禍でいろんな活動上の制限があるでしょうが、看護をよくしたい気持ちと、そのために政策が必要という共通の思いをもって集まった仲間です。交流を続け、それを後輩に伝えていけば、おのずと裾野は広がっていく。
あとは明確な目標をつくること。例えば1年間で何回イベントをするかとか、仲間を5人増やそうなど、各都道府県の単位でもいいと思うんです。目標を立て、できたかできなかったかの評価を繰り返していくことが大切だと思います。

「楽しい」が原動力、連盟が遊びにいく場所だった

坪田

初代ポリナビ事務局長の伊原由美子さんがいらっしゃいました(zoomで参加)。
伊原さんは、唯一の女性幹部でした。伊原さんとは学生だった2004年に、国家試験の勉強しなくちゃいけないのに、って言いながら一緒に南野(知惠子)先生(元参議院議員)の応援に来ましたよね、赤いTシャツ着て。

伊原

そうそう。連盟は楽しくて、遊びに行く場所でした。

窪田

楽しい要素は本当に大事。よかった企画といえば、全国ポリナビワークショップです。持ち回りで、とにかく年に1回全国から人がワーッと集まるイベントをやる、と。選挙戦略を考えた緻密な活動となると、青年部の人も業務のなかで時間を割くのは難しかったと思いますが、政策的ムードとか連盟主催をそれほど意識しなくてよい1回のみのイベントならやりやすい。ここから企画も広がっていきました。東京ガールズコレクションのナース版をやろうって、東京ナースコレクションやったりして。他の県でもやりたいということで、岐阜の翌日に福岡でやるからと、新幹線で運んだこともありましたよね。

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東京ナースコレクション

東京ナースコレクション

東京ナースコレクションの解説、ナレーション担当
坪田

ちなみに、伊原さんはいまどんな活動をされているのでしょうか。

伊原

オンラインで体質改善のセッションをしたり、経産省の健康経営優良法人の認定コンサルをやったりしています。また、神奈川県は未病・予防に力を入れているので、「かながわ県西ME-BYOナビゲーター」として、県西地域の産物のPRと健康情報の発信を兼ねた活動をしています。

坪田

窪田さんは?

窪田

大学で教員をやっています。医療関係でもビッグデータという用語を聞くようになったかと思いますが、電子カルテやレセプトのデータを使って、ケアや診療の質を上げたり、研究をしたいという人に向けて使い方を教えるプロジェクトの担当しています。こうなったのも、政策レベルで物事を変えていくにはエビデンスが重要であると、連盟で学んだからなんです。

「いつでも戻れる場所、そこに行けば誰かがいる場所

坪田

なぜみんな看護連盟の活動から離れちゃうんでしょう。

窪田

大きいのは、本部幹事という役割を終えたのと、ライフスタイルが大きく変わったことでしょうか。家庭を持つと優先順位が変わってきますから。

伊原

私も神奈川県に引っ越して、通いにくくなるなあ、と活動から抜けた感じですね。でも、ライフステージが変わっても安心して戻れる場だという思いはあります。

坪田

そうすると、リユニオンできる仕組みがしっかりしているとよさそうですね。ちなみに私は、栃木に行ったり、東京に来たり、神奈川に行ったりしていて、引っ越しはやめるきっかけではありませんでした。でも、引っ越すたびに、それぞれの県で入会金を取られるのは釈然としなかったですね。新しい県に行くたびに「転校生」みたいな感じでしたし。アメリカに行った時なんかは、選挙権はあるのに、どこのポリナビにも所属ができなかったという思い出もあります。

伊原

参加しやすさって大事ですよね。私は学生の時から知り合いだった人たちの中で活動していたので、幸いにものびのびと活動できていましたが、一から人間関係を作るとなると大変です。

坪田

ポリナビを最初に作った時に「20代のナース集まれ」って呼びかけていたみたいに「30代のナース、40代のナース集まれ」ってやってみますか。ポリナビ開始から15年のこの元服の年に、ポリナビ第一世代の友納理緒参議院議員が当選したのも何か意味があるのかもしれません。

日本看護連盟のコミュニティサイト アンフィニ
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