レポート
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たとえだれの目にも触れなくても1人ひとりの人生にSTORYがある

2020.05.13

丸田 恵子さん(訪問看護ステーションSTORY学芸大学)

認知症を表すDementiaのDであるとともに、だれでものD。 認知症の方々やそのご家族だけでなく、だれでも訪れて、 おしゃべりしたり、不安に思っていることを相談したりできるDカフェ。 丸田さん率いるSTORY学芸大学もまたDカフェを開催するメンバーであり、看護を通じて Dカフェにとどまらない地域に根ざした活動を行っています。

STORYに込められた思い

何度も通っているうちに、丸田さんが「ただいま」というようになってしまったというのは、 妻に旅立たれた90歳を超える一人暮らしの男性宅。 利用者だった妻が旅立ってから1年以上が経ちますが、いまでは利用者でもないその男性宅に、 昨年末も仕事おさめに手土産を持って訪れたと言います。 「だって、気になりますよね」とさらりと言ってのける丸田さんからは、 訪問看護師であり管理者であるプロ意識や厳しさと同時に、他者への深い愛情が自ずと滲み出るようです。

人生の最終章にあり、高齢の妻は、痛みを伝えるコミュニケーションも困難という状況でした。 ギリギリまで在宅だったものの入院を余儀なくされた時には、だれもがもう自宅へ戻るのは無理だろうと考えていました。 ところが、寡黙な夫は病院に一人でいる妻の寂しげな姿に「どうにかして自宅へ連れて帰りたい」と訴え、 介護タクシーで家に連れ帰ったのです。できるかどうか危ぶまれた医療的な処置も夫が請け負い、 最後の時を夫婦水入らず、自宅で過ごしました。 亡くなる直前には、最期の勤めとして一晩中身体をさすってあげたという 夫の「この歳になって初めて奥さんを愛おしいと思った」という言葉は、人生の慈愛に満ちています。 「有名人や芸能人のような華々しい人生でなくても、どんな方にもきらりと光る物語がある。 STORYという名称には、そんな思いが込められています」

訪問看護ステーション学芸大学

Dカフェ以外にも、いつでもだれでも『まちかど保健室』

STORYの大きな特色の一つに「まちかど保健室」があります。 認知症以外でも病気や介護のことなど、気軽に相談することができます。 道を尋ねる人もいれば、ご利用者やそのご家族が買い物ついでに立ち寄ったり、 利用を終了したご家族が顔を出してくれたりすることも。単なるおしゃべりから病気や介護の相談へとつながることもあります。
「まちかど保健室では、どんな疾患でも、だれでも相談ができます。 野菜は八百屋さん、肉は肉屋さんというように、医療や介護の相談ならここと、 地域の方に認識してもらえれば、と思っています。現実として、 医療や介護に関する相談自体が行政や病院の窓口でたらい回しにされることも少なくありません。 とりあえずだれかにつないでくれる開かれた場所を目指しています」と丸田さん。 日々の積み重ねで、徐々に地域の人々にも知られるようになってきました。

”だれでもできる”保健室がモットー。 訪問看護ステーションに看護師がいる時ならいつでも相談ができるというのがSTORY式。 訪問看護ステーションで「まちかど保健室」(相談支援)まで行うと大変ではと思ってしまいますが、 自分たちができる範囲で、無理はしないSTORY式であれば、新たにお金も時間も人もかけずに始められます。

スペシャリストとして、訪問看護にこそ注力する

丸田さんがSTORYを立ち上げるきっかけとなったのは、 嚥下障害により胃ろうを造設した女性の存在でした。病院から退院した女性は、 自宅で普通にみかんやうどんなどを口にしているうちに、口から食べられるようになり元気を取り戻します。 それにもかかわらず、申し込んでいた特養の順番が回ってきたために、 本人不在のまま、ケアマネジャーと家族だけで入所を決めてしまったのです。 自宅で過ごしたいという本人の希望を叶えるべく、丸田さんはSTORYをスタートします。
当時は新しい看護ステーションが次々と創設されていましたが、 トップがリハビリ職であったり、訪問リハビリがメインのところも少なくありませんでした。 しかし、丸田さんは「訪問看護だけで成り立つステーション」に強いこだわりがありました。

「訪問看護に力を入れるためにも、今後もケアマネジャーやリハビリ職を抱え込む気はありません。 一つの事業所ですべて囲い込むのではなく、他事業所と連携することで、それぞれが力を発揮し、 地域のケア力を上げていくことができると考えています」

笑顔の写真を利用者さんの許可を得て貼りだしている。STORYの看護の質を物語っている。

病院看護と訪問看護

「訪問看護ステーションの管理者には、訪問看護の経験とともに経営者の視点が求められる」と丸田さんは言います。 しかし、訪問看護ステーションの新設が相次いで、訪問看護の経験に乏しい看護師が雇われ管理者になるケースも見られるようになりました。 一スタッフがいきなり看護師長あるいは、それ以上の役割を担うことになるわけです。 訪問看護は、ベテランでも新人でも、同じ時間関われば同じ点数が付きます。 何をやってもやらなくても同じ金額、利用者を増やせば収入が増えるという仕組みでは、 質よりも量を重視することにもなりかねません。
「経営に気を配りながらも、中身にこだわっていくことが大切です。 看護の質を追求することが、結局はケアマネジャーからのリピートにつながります」と丸田さん。 また「病院の中の医療職にこそ介護職の集まりに出てほしい」と丸田さんは、その重要性を訴えます。 地域の中で、病院勤務か否かを問わず、医療職も看護職も普段から皆がフラットにつながっていれば、退院支援も入院支援もスムーズになる、と。
「地域の人にとって、病院もまた生活の一部です。地域へ出れば、実際のニーズを知ることもできます。 訪問看護ステーションへの研修もよいかもしれません」

看護師のキャリア形成を考えるうえで訪問看護という選択肢

「女性は特に結婚や出産などで、病院勤務を続けるのが難しい局面を迎えることがあります。 訪問看護ならば、自分の生活スタイルに合わせて続けられます。実際にSYORYでは子育て中のスタッフが活躍しています」という丸田さん。 一方で「転職の際には、転職サイトを利用するのではなく、管理者と直接面談をして決めてほしい。 自分のキャリアを実現できるところなのか、自分の目で確かめて」というメッセージには「私たちはともに長く働いてくれる人を求めています」と管理者としての顔がのぞきます。 「こんな夫婦もありなんだなぁ、子育ってこういうふうにやるのか、と利用者の方に学ぶこともたくさんあります」 と訪問看護の魅力を丸田さんは淡々と語してくださいました。

取材・構成 今村美都(医療福祉ライター)

(掲載:機関誌N∞[アンフィニ]2018年春号)

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丸田 恵子 (まるた けいこ)

株式会社STORY代表取締役
病棟勤務ののち、介護保険スタート前の訪問看護ステーションで研鑽を積む。 多職種連携の先駆けでもあった当ステーションで、何もない中いろんな工夫で利用者を支えてきた経験はSTORYにつながっている。 その後、聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)の修士課程で専門看護師を取得。 2014年より現職。

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