レポート
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ありのままを受け入れて、「普通」の暮らしを支える、むく流ケア

2022.08.29

佐伯美智子さん(合同会社MUKU代表 作業療法士)


取材・構成 今村 美都(医療福祉ライター)

佐賀県唐津市にある合同会社MUKU。代表のみっちゃんこと佐伯美智子さんは、2017年4月に、看護小規模多機能むくをスタートしました。ごく当たり前の日常の暮らしを、一人ひとりの人生を慈しむ、むくのケアは、全国の看護介護経営者や実務者からも熱い眼差しが注がれています。

作業療法士として、地域の中核病院や高齢者施設で働いていく中で「私がやりたいケアはこれではない」という思いを日増しに募らせていた佐伯さん。三男を妊娠時にむくの構想を思い付き、出産3か月後には、起業。スノーボードをやりたいとニュージーランドへ、 カイトサーフィンがやりたいと唐津へ移住してしまう、思い付いたら即実行の行動力が、看護小規模多機能(看多機)「むく」と結び付いた瞬間でした。

子連れ出勤に、有償の赤ちゃんボランティアという佐伯さんらしいアイデアは、今でこそ取り入れる事業所も増えてきました。しかし、むくでスタートした当初は真新しい取り組みで、メディアにも多く取り上げられることになりました。全国各地で講義や講演をする機会も増え、全国の先進的な取り組みをする仲間たちとの出会いにもつながっていきます。

互いに居場所と役割を

順風満帆に思えた矢先、コロナ禍の余波は、むくにも押し寄せました。赤ちゃんボランティアや子連れ出勤を中止せざるをえなかったのです。子どもが介護現場にいることに、眉をひそめるスタッフも中にはいました。しかし、佐伯さんは、利用者と通ってくる親子の双方に、居場所と役割が生まれるという、介護現場に子どもがいるメリットを実感していました。有償ボランティアとして通ってくる親子の中からスタッフとして働くようになったケースもあります。介護現場の人材不足が全国的に深刻化する中、人材確保という文脈からも、介護事業所内に地域の人々が足を運ぶ仕組みづくりは欠かせません。また、赤ちゃんを含め子どもたちの存在は、介護事業所を、暮らしの場に近い雰囲気にすることにも貢献します。

ひなたぼっことむくのコラボ
むくん家&ひなたぼっこの「みんなの家」にクラウドファンディングで出資した団体・個人

2022年4月からは、(一社)わたぼうしとともに「みんなの大きな家」こと、子どもたちと高齢者が緩く交わる複合事業所「むくん家&ひなたぼっこ」を開設しました。設立にあたって、クラウドファウンディングを活用。たったの2日間で目標の80万円を達成し、最終的には目標達成率341%の、270万円を集めることができました。
「むくん家&ひなたぼっこ」の理念に共感するファンの多さが伺えます。寄付のリターンには「オープニングイベントスタッフ参加券(※むくTシャツとお昼のお弁当付き)」「むくでボランティア出来る券」「むくん家に電動ベッドをプレゼントして泊まっちゃえる券」「みっちゃん半日貸し切り券」「むくん家でいつでもコーヒー飲み放題券」など、ユニークなものが並びます。このむくの活動から、地域はもちろん、地域を飛び越えて愛される事業所になることが、人材確保を含め、今後の介護事業運営にとって重要になることが窺われます。

高齢者×子ども、法人を超えたコラボ

看多機だった建物は、小規模多機能型居宅介護施設としてリニューアルし、看多機は新しい建物で再スタートを切りました。新しい建物には、看多機に加え、訪問看護ステーションと定員4名の入居施設であるシェアホームが入っています。

「介護度が進み、看多機だけでは限界を感じる利用者さんも増えてきたことから、最期を過ごせる老人ホームを作りたいと考えるようになりました。でも、利用者の多くは持ち家があるし、決して老人ホームに入りたいわけではありません。大規模な老人ホームにはそもそも興味がないし、お金もかかります。そこで、看多機にシェアホームを併設するという現在の形に落ち着きました」と佐伯さん。

「あの人は、オストメイトがあれば、自分で人工肛門の始末ができる」「体が硬くなって浴槽の中に座れない100歳のおばあちゃんでも、寝たまま入れるお風呂がほしい」と、利用者さんのためにスタッフがしたいケアができるように、新しい建物の建設にあたっては、スタッフの声を積極的に取り入れることも重視しました

高齢者サービスともに併設されているのが、何らかの障害のある子どもたちが通うひなたぼっこです。ひなたぼっこは、児童発達支援と放課後等デイサービスを行う(一社)わたぼうしによって運営されています。赤い屋根と風見鶏が目印です。

ひなたぼっこの赤い屋根と風見鶏

「子どもの事業は、構想の初期段階から入れたいと思っていました。新型コロナの影響で、赤ちゃんボランティアや子連れ出勤、駄菓子屋などができなくなった時でも、初めから子どもが出入りする仕組みがあれば、子どもと高齢者が緩やかに関わり合えますよね」というのが佐伯さんの狙いです。

医療介護におけるM&A(合併・買収)は時代の流れとなり、今後ますます加速することが予想されますが、M&Aではなく、異なる形態の法人が共存する形で、異なる事業を展開する「むくん家&ひなたぼっこ」のあり方もまた、示唆に富んでいます。別の法人とコラボレーションした背景を、「子どもの事業はやりたいけれど、子どもの事業のことまでは頭が回らない。そこで、ずっと子どものリハビリテーションをやっていて、いつか事業をやりたいという思いを持っていた作業療法士の先輩である江渡義晃さんに(一社)わたぼうしを立ち上げてもらい、建物の図面を引くところから一緒に取り組みました」と佐伯さん。建築費用はむくが持ち、家賃を払ってもらう形式です。対象とする事業が異なるからこそ、お互いの事業のあり方に口を出すこともないと言います。

「子どもの声がなんとなく聞こえるだとか、こんにちはと挨拶しながら子どもが通り過ぎていくだとか、それくらいの交流がよいと思っています。子どもと高齢者がしっかり絡んでいる姿はよい光景ではあるものの、あくまで暮らしの場なので、無理強いする必要もない。おじいちゃんおばあちゃんの隣で、学校帰りの子どもが宿題をしているみたいな光景が自然に見られるくらいが程よいですよね」と佐伯さんは語ります。

本人の能力を引き出すケアの力

まだ真新しいむくん家&ひなたぼっこの玄関を入り、看多機の共有スペースにお邪魔すると、サングラスをかけたファンキーな女性が目に飛び込んできました。

98歳という彼女は、4月半ばに福岡の病院から唐津にあるむくん家までお引っ越しをしてきました。娘がたどり着くまで息が持つだろうかと心配するほど衰弱していた彼女は、病院での1か月の入院期間全く食べられなかったと言います。むくへやってきた当初は医師も末期と診断し、娘さんも葬式の準備を視野に入れていたほどでしたが、好物のサイダーと甘酒、ところてんで少しずつつないでいるうちに、大好きなジョイフルの明太パスタをお店で食べられるまでに回復しました。

ケアの力で生き返ったと言ってもよいのではと思います。食べる力を信じるケアが分岐点になった。ケアの力は時に医療を超えることがあります」と佐伯さん。

看多機むくの日常

むくでは、抱えない介護も大切にしています。

引っ張らない、持ち上げない、引きずらない。それは決して介護者が楽をするためにやっているわけではありません。介護者が主体になるのではなく、スライディングシートやスライディングボード、スタンディングリフトなどの道具を使い、本人のできる能力を引き出すケア。スタッフも利用者も関わる人すべてが自分らしくありのままでいられるケア。むくの、佐伯さんの挑戦は続きます。

(掲載:機関誌N∞[アンフィニ]2022 OCT-2023 JAN)

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著者プロフィール

今村 美都  いまむら・みと

医療福祉ライター
1978年 福岡県生まれ
津田塾大学国際関係学科卒。
早稲田大学文学研究科(演劇映像専攻)修士課程修了。
大学在学中、伊3ヶ月・英6ヶ月を中心にヨーロッパ遊学。
『ライフパレット』編集長を経て、医療福祉ライター。
https://www.medicaproject.com/

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